プロフィール

堀江 卓嗣(ほりえ たくじ)
sumica代表
Read Pilates(リードピラティス)協会代表
ピラティストレーナー/ボディワーカー

保有資格/講座受講歴
・Expansional Pilates協会認定 MAT1指導者/BED1施術者
・ホリスティックシステム
・IMAC (EROM、Lower Body、Upper Body、Viscera &Spine)etc

幼少期は活発でよく外で遊ぶ子供でした。しかしながら体は少し弱くて喘息を持ち、鼻炎があり毎日病院に通っては小学校へ行く生活を送っており、医者からは運動は控えた方がいいと言われていました。中学生に上がり運動は何もせず、ひたすら遊ぶ生活をしていました。中学3年生の頃夏の夜中にテレビをつけていると陸上競技が放送されており、末續慎吾選手と言う短距離選手が丁度スタート地点に着く所でスタートした瞬間にうおーーーと言った何か心で燃え上がるような気持ちが芽生えて高校に入ったら陸上競技を始めようと決心していました。もちろん運動は禁忌だったので話を聞かずして始めました。

禁忌がある中で走り始めたことは絶対にしてはいけません。入部して体力作りのために長距離メンバーに混じり練習をしました。僕は短距離を志望していたので顧問の先生に100mをやりたいですと伝え1年の冬から短距離メンバーに混じり練習を始めていました。実はこの時いつの間にか喘息の症状が出なくなりました。

現在の仕事に繋がる体験はここから始まります。高校2年生の春頃に僕が部長をやって部をまとめろと先生から指名をもらいました。何故この時期かは割愛させて頂きますが、陸上初めて1年ちょっとの指名で僕自身が驚き周りは納得いかない雰囲気も漂っていました。先輩も後輩にも認めてもらうにはまずは練習しかないと思い、朝練前のグランド整備、夕練後の居残り練習と人一倍努力をしようと過ごしていました。いつの日か岐阜県の国体練習会に参加したり、部の練習メニューを考えたり、トレーニング方法も勉強したりしていました。

ただ良いことばかりではありません。僕は怪我がとても多くて肉離れを多々していました。今思えばもっと違うことをしていればと後悔もありますが、この経験が今の僕への導いてくれる体験でした。貴重な体験をさせていただけた顧問の先生、先輩、後輩には今でも感謝しています。

高校卒業はトレーナーを目指すため専門学校へ入学をしました。ここでは基礎を学び、就職難でもあったため一度一人で仕事をしてみようと卒業後に独立をしました。

独立後、何から始めていいのかわからないままスポーツジムでアルバイトをして当時はあまり有名ではなかったパーソナルトレーナーになろうと勉強も開始しました。スポーツジムで個別トレーニングを担当させてもらいながら何だか府に落ちないことばかりで、当時はパーソナルトレーナーと言えばボディビルダーの様に筋肉が大きい人がなるものと言ったイメージでそこにまず劣等感を覚えてしまいました。僕はどちらかと言うと細身で筋肉がついていません。沢山トレーニングをしてきたけど自信が持てるまでつけることができませんでした。もう一つはダイエットが嫌いです。数字にばかり目が眩んでご飯を食べなかったり、走ることをして追い込むと言った悪循環が嫌いでした。ご飯は食べてもいい、悪者でもなく体の栄養素なのだから。

もっと僕がしたかったことは筋肉の繋がりを勉強したかった。いわゆる筋膜など筋肉と筋肉繋がりや全身の流れを勉強したかった。数年前は参考文が少なく周りの同業者の方に聞くと鼻で笑われてそんな勉強するならトレーニングでもしときなさいと言われたことが多々ありました。

そんな時に調べてたどりついたのがピラティスでした。僕のピラティスの原点は大阪府梅田と東京を拠点とされているpilates studioDAGOBA。今は様々なことがから代表とは疎遠となってしまっているが間違いなく原点である。
そしてボディーワークとしての体の身方の原点は大阪北浜を拠点とされているTEN。先生の人間性、知識の豊富さ、体への考え方、温かさは僕の目標であり尊敬する先生です。

ピラティスやボディワークは僕の人生を豊かにしてくれて、体の面白さや凄さはいつまでも刺激を与えてくれる。そんな体を探求してこれからも歩んでいきます。